令和8年度 学校だよりNO07(図解版)
響いたのは、
音楽だけではなかった
音楽の向こうにあった、一人ひとりの努力、葛藤、そして歩み。
音楽の向こうにあったもの
10月24日(土)、有明祭が行われました。
合唱コンクールでの歌声、F組のトーンチャイムの演奏、そして午後の発表。どれも心に響くものでした。
今回の有明祭で私が感動したのは、音楽だけではありません。
入退場の際の、真剣な生徒たちの姿。そして、本番を迎えるにあたっての代表生徒の言葉です。
そこでは、今日までどのようなことがあったのか、どのような困難に直面し、それを仲間とどう乗り越えてきたのかが語られていました。
思うようにいかないこともあったでしょう。考えが食い違ったり、気持ちがすれ違ったりすることもあったのかもしれません。それでも、仲間と向き合い、話し合い、自分たちなりの答えを見つけながら、この日を迎えたのだと思います。
代表生徒の言葉には、その歩みがにじみ出ていました。
本気で向き合ってきたからこそ、
あふれ出てくる言葉がある。
そう感じました。
そして、その言葉を聞いた後に響く歌声や楽器の音色は、いっそう心に深く届きました。
目の前で奏でられているのは、音楽だけではありません。その音の向こう側に、一人ひとりの努力や葛藤、仲間との関わり、そして今日までの時間がある。そう思うと、胸が熱くなりました。
発表の姿
「幸福について」と、有明祭
先日、哲学者・三木清の『人生論ノート』に収められた「幸福について」という文章を読み直しました。この本に収められた文章は、かつて高校の国語教科書にも取り上げられたことがあるそうです。
実は私、この本には、皆さんと同じ中学3年生の頃から挑戦してきました。しかし、あまりに難解で、最後まで読み通すことができませんでした。高校生でも挫折。今の年齢になって縁あって読んでみても、やはり難しい。そこで、解説を読んだり、生成AIの力も借りたりしながら、一つひとつ考えてみました。そうして、ようやく少しずつ意味が分かり、共感できるところが見えてきたのです。
その中に、次のような言葉があります。これもまた、難しい文です。
幸福になるということは人格になるということである。
私は、自分という人間を、さまざまな経験を通して少しずつつくり上げていくことに、幸福の大切な意味があるのだと受け止めました。そう考えると、今回の有明祭で生徒たちが見せてくれた姿と、どこか重なるように思えたのです。
結果だけでは決まらない価値
合唱コンクールには、「順位」という結果があります。部活動にも「勝敗」があります。そして、3年生がこれから迎える受験にも、「合否」という結果があります。
もちろん、結果は大切です。目標に向かって努力し、その実現を目指すことには大きな意味があります。しかし、結果だけでその人の努力や成長、ましてや人としての価値が決まるわけではありません。
思うようにいかなかったときに、どう向き合ったのか。仲間と意見が違ったときに、どう関わったのか。自分の弱さや課題に気付いたときに、どう考え、行動したのか。そうした一つひとつの経験が、その人をつくっていくのだと思います。
部活動での挑戦も、受験に向けた日々も、きっと同じです。
参加の仕方が違っても
そして、三木清は、幸福は自分の心の中だけにとどまるものではなく、他者との関わりの中にも表れると考えました。
今回の有明祭は、そのことを私に教えてくれたように思います。
自分の声が仲間の声と重なり、自分の音が誰かの音とつながっていく。一人では生み出せない響きが、そこに生まれます。
しかし、みんなが同じである必要はありません。それぞれの声、それぞれの音に、その人らしさがあります。また、舞台に立つことも、自分のいる場所から見守ることも、どちらも大切な参加の形です。参加の仕方が違っても、一人ひとりの思いや歩みを大切にしたい。
学校もまた、そういう場所でありたいと思います。
一人ひとりが違うからこそ、学び合える。自分に合った形で関わり、安心して挑戦できる。困ったときには、誰かと一緒に考えられる。
誰かと比べて優れた人になるのではなく、自分らしい人間として成長しながら、互いの存在を大切にできること。
有明祭で生徒たちが見せてくれた姿に、そんな学校の可能性を感じました。
生徒の皆さん、心に響く時間をありがとうございました。
公開日:2026年10月27日 09:39:31
更新日:2026年10月27日 09:41:56